沿線スナップ(関西/広島)


東海道線

昭51/2→103系化

大阪

Tc79395(昭50/3)

京都~西明石間の緩行線電車は7両編成で高槻区と明石区の受持ちでした。片町線や阪和線では最後まで行先表示が使用されていましたが、京阪神緩行線は昭和40年代中頃までに廃止されています。



片町線

昭52/3→101系化

四条畷~忍ヶ丘

Mc73403(昭49/3)

片町線は関西で最初に電化された路線で、それを記念して淀川電車区には「省電始元之碑」が建立されていました。撮影当時は複線区間は四条畷までで片町~四条畷が20分ヘッド、四条畷~長尾が40分ヘッドでした。僅かな期間ですが通学に利用する機会があり、当線ならではのクモハ31形やC11牽引の貨物列車の記憶など思い入れの多い線です。
特集ページに紹介(平18.3.1)した別の画像はこちらです。



阪和線

昭52/4→103・111系化

浅香

Tc76312(昭50/2)

一般列車はオレンジ色の戦前形や73系でしたが、快速系はスカ色の70系が使用されていました。元阪和電鉄の路線で、少し小振りな感があった駅構内を通過する快速系列車はスピード感にあふれていました。



山陽線

昭53/12→111系化

竜野~網干

Tc86139(昭53/2)

山陽線の80系は糸崎以東を岡山運転所、以西を下関運転所所属車が受け持っていました。下関については岡山より一足早く昭和53年6月に新性能化が行われています。



宇野線

昭51/6→80系化

大元

Mc51083(昭50/8)

昭和35年の電化以来使用された51系に代わって使用された80系も昭和53年12月には新性能車に置き換えられました。そして隣の岡山臨港鉄道もほどなく静かに消えてしまいました。



赤穂線

昭53/12→111系化

備前片上

Tc86320(昭53/2)

昭和44年に全線電化された赤穂線では岡山区の80系が使用されていました。



福塩線

昭56/3→105系化

横尾~備後本庄

Tc76(昭55/9)

昭和8年に両備鉄道を買収した福塩線では昭和42年から戦前形20m車が使用されました。昭和52年夏より鳳区から70系が順次転入し、紺一色という独特なカラーに塗られた戦前形を一掃しています。なお置換えの進んでいた時期にはクモハ51+モハ70+クハ76といった編成も見られました。
特集ページに紹介(平18.1.1)した別の画像はこちらです。



可部線

昭59/10→105系化

三滝

Mc73(昭59/5)

昭和11年、広浜鉄道を買収した路線です。17m車時代はぶどう色塗装でしたが昭和51年から入線した73系は呉線時代のウグイス色のまま使用されました。運転台窓上下はオレンジの警戒色塗装です。アルミサッシ2段窓化改造を施した車も多くありましたが、首都圏で行われた方法と異なり3段窓の寸法を生かした簡易改造です。
特集ページに紹介(平17.11)した別の画像はこちらです。



宇部線

昭56/3→105系化

岩倉~周防佐山

Tc55(昭55/9)

昭和18年に小野田鉄道、宇部鉄道を買収した路線です。昭和32年のクモハ42形3両を皮切りに順次20m車が入線、昭和46年に17m鋼製車からの置換えが完了しています。クロスシート車はクモハ42形3両、クモハ51形4両だけで他は3扉ロングシートの40系が使用されました。
特集ページに紹介(平14.1 宇部・小野田線共通)した別の画像はこちらです。   



小野田線

昭56/3→105系化

南中川

Tc55022(昭55/9)

2両編成を基本として2両×2、2両+クモハ42という運用で使用されました。2両×2の場合は非貫通としていたので運転台側貫通路は固定化改造されています。
特集ページに紹介(平14.1 宇部・小野田線共通)した別の画像はこちらです。




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