江南の春

中国江南地方の春は美しい。菜の花が大地を一面黄色に染め、運河に沿って、木の芽が芽吹いた樹木に囲まれた集落が点在する。魚米之郷とも呼ばれた豊かな水郷の風景がそこにある。
桃、そして日中友好の象徴である桜も多い。
中国江南地方を訪れるなら、運河の水ぬるむ春が良い。


2013.4.4無錫滨湖区

2013.4.4無錫滨湖区

2005.4.8江陰璜塘

2013.3.31無錫新区

   2013.4.4無錫滨湖区

2013.4.4無錫梁渓区

農貿市場

庶民用の市場である。かっての「公設市場」の雰囲気が近い。青果物は安くて種類も豊富。安いものはコストもかけていないため、農薬も使われていないと見えて、買ってきたチンゲンサイの残りが、一晩で虫に食われて無くなったのには恐れ入った。肉の売り場はほとんどが豚肉。大まかなブロックで量り売りしている。
左下が果物屋。長い竹みたいなのはサトウキビ。中国では季節になるとサトウキビの芯が食後のデザートによく出て来る。ほどよい甘さで美味であるが、滓を出さなければならない。
その隣が鶏肉屋。生きた鶏が並んでおり、その場で締めて売っている。この横では鳩が生きたまま売られていた。中国では鳩は普通に食べられているし、鳩の卵は非常に美味である。
右下は朝の街角。ちょうどこの市場の道を隔てた向側くらいの場所である。包子(肉まん)、油条(ひねり揚げパン)、鶏蛋餅(小麦粉を薄く焼いたのに卵を落とし、中のソーセージとか好きな物を入れて巻いたもの)等を朝食用に売っている。写真では雰囲気が出ていないが、非常に活気がある。朝、散歩がてらに鶏蛋餅を買いに行き、朝食としてよく食べていた。


2013.3.3無錫新区

2013.3.3無錫新区

2013.3.3無錫新区

2013.3.3無錫新区

2013.3.3無錫新区

2013.4.4無錫新区

元宵節

中国は基本的に旧暦で動いており、年越しは旧正月で「春節」という。 「春節」には爆竹が盛んに鳴らされ、花火は盛大に打ち上がる。実は「春節」の時は帰国しており、中国の「春節」は現地で経験していない。 「春節」から15日目を「元宵節(げんしょうせつ)」と言い、この日で春節気分は終わりとなる。 「元宵節」にはたいてい無錫にいた。この日の夜も爆竹は盛んに鳴らされ、花火は盛大に打ちあがる。 写真は自宅マンションの窓から撮影したものである。10階に住んでいたが、丁度そのあたりの高さで花火が炸裂している。 窓を開けると飛び込んできそうな距離である。マンションの中庭で打ち上げ花火は日本では許されないであろう。 「春節」の当日はどんななのであろうか?一度経験してみたかった。


2013.2.24無錫新区

2013.2.24無錫新区

2013.2.24無錫新区

雪と霧

無錫の緯度は日本の鹿児島くらいであり、結構南であるが、内陸のためか、冬はかなり寒い。 暖房が電気しかないため、部屋のなかでも寒く、とにかく着込む。年に何度かは雪も降り、積もることもある。 2008年1月の大雪はひどく、30センチ以上積もり、3日間動けず、休みになった。 自宅マンションからの雪景色は美しかったが、部屋の中でもとにかく寒かった。
また、冬の間、よく濃霧が発生する。 PM2.5の影響もあるのだろうが、ここら辺では揚子江の川霧と思われる。実際、無錫の市内から、揚子江の方に向かって行くと濃くなる傾向にある。 これが、10m先が見えないくらいの濃霧になる。こんな中を事故も起こさず、会社まで無事に運んでくれる運転手の技量に感心するとともに、感謝したい。


2008.1.28無錫滨湖区

2008.1.28無錫滨湖区

2008.1.28無錫滨湖区

2013.2.23無錫新区

2013.1.14江陰璜塘

2013.1.14江陰璜塘

2012.9.18

無錫は至って親日的な街である。若い人は知らないかもしらないが、1987年のレコード大賞、尾形大作の「無錫旅情」の影響が大きい。無錫市政府はこれを最大限に利用し、親日を演出し、日系企業の誘致に努めて来た。街の中で「反日」を感じる事はほとんど無く、2005年に上海で反日デモが発生した時も、無錫は至って平穏無事であった。
2012年9月に尖閣諸島国有化に端を発し、中国全土で反日暴動が吹き荒れ、満州事変の発端となった柳条湖事件が起こった記念日の9月18日にピークとなったが、この時は無錫でもデモが起こった。上段は、当日の早朝、怖い物見たさで日本食屋が集まっている「暇日広場」に行って撮った写真である。各地で破壊的行動が起こっていたため、各店は中国国旗を掲げ、「釣魚島(尖閣諸島)は中国の領土だ!」と書いた紙をまるでお守り札の様に貼っている。中の写真でハングルの看板の店だけは何もしていない。
下段左は日系の大手銀行2行が「呉越同居」しているビルの入口で、2行とも看板には覆いがされている。下段中は住んでいたマンションの一階にある日料理屋で、完全に覆われ、工事中に見せかけている。下段右は、暇日広場のそばで見かけたスローガン。中国語の意味は「全世界に釣魚島は我々中国のものだと知らしめよ!」。
当日、出勤すると、会社のある江陰市の政府からは警備員を派遣してくるし、副市長が日系企業を集め会議を開くと連絡がある。無論参加したが、何を言うのかと思ったら、「難しい事は上に任せて、我々は仲良くやりましょう。」との事。
デモは結局たいした事も無く、ぞろぞろ歩いただけで解散したらしい。参加者には政府から50元の日当が支払われていたそうである。
これが中国なのだ、と思った。一面だけで捉えることはできない。反日に関しても、「表の反日は裏の親日」なのである。