泰伯は紀元前11~12世紀にいたとされる人物で、「呉」の祖とされています。 また、倭人(日本人)は泰伯の子孫であるとの説も存在したそうです。その泰伯の墓がこの泰伯廟です。 今から3000年以上も前の話で気が遠くなりそうですが、こんなところにも無錫と日本の縁を感じます。
2013年1月3日の撮影です。

左は紀元前600年前に出来たとされる伯瀆河です。これが新区を通り、清明橋の古運河につながっています。
中が2007年に梅村鎮人民政府により立てられた「江南第一条人工運河 伯瀆河」の石碑。

泰伯廟の入口。
解説によると、後漢以降荒れ果てていましたが、晋代(三国時代の直後)に書かれた「呉地記」の記載に基づき、明代1377年に建てられたそうです。 その後、度重なる戦乱で荒廃、再建を繰り返しましたが、最後は文化大革命で徹底的に破壊されました。現在の泰伯廟は1984年に再建されたものです。

中には歴代の呉王の像が並んでいます。

隣では「呉」の城が復元工事中でした。今、中国ではあちこちで「中華復興」が行われています。