東急電鉄世田谷線

都電荒川線とともに、東京に残る路面電車です。全線が専用軌道ですが、元々が併用軌道であった玉川線(1969年廃止)の支線であったため、路面電車の規格になっています。
また、都電と同じく、馬車鉄道の規格を引き継ぎ1372mm軌間です。
1925年に玉川電気鉄道の支線として開業。玉川線の廃止まで「玉電」の一部でした。
小さい頃に玉電に乗った記憶があり、いまでも、その頃の「玉電」のイメージが強く残っています。「玉電」の象徴であったデハ200形こそ玉川線廃止とともに無くなりましたが、1999年にデハ300形が投入されるまでは全て「玉電」の電車が運用されていました。
まだ、全部「玉電」の電車だった1981年8月の撮影です。
右上のバナーから、2015年の撮影「東急世田谷線2015」にリンクしています。また、だいたい同じ場所で撮影した写真のところで、「東急世田谷線2015」にリンクしています。

写真をクリックすると拡大されます。「戻る」ボタンで戻ります。ディスプレイの解像度によっては表示されない場合があります。

デハ150形154
1964年東急車輌製。
一見ステンレス車体を思わせるコルゲートがありますが、鋼製車 です。「玉電」では最も新しい電車でした。4輛製造され、4輛とも 世田谷線に引き継がれています。
2001年廃車。
三軒茶屋駅は今では大変おしゃれな駅に変貌しています。
三軒茶屋

デハ80形85
1950年東急橫浜製作所(現総合車輛製作所)製。
デハ80形は「玉電」の主力として28輛製造されましたが、 新規製造は81~86の6輛のみで、他は旧型車の車体更新です。
玉川線廃止時に旧型車の車体更新車は4輛を除き廃車され、 残った4輛も1970年に 江ノ島鎌倉観光(江ノ電)に譲渡、600形となりました。 従って新製された6輛のみ世田谷線に引き継がれています。 また、江ノ電に譲渡された車両の内、 601が里帰りして、宮の坂の駅前で保存されています。 150形154とペアを組んでいました。
西太子堂~若林
デハ150形154
上の写真の後追いです。
西太子堂~若林
デハ70形74
1942年川崎車輛製。8輛あり、全部世田谷線に引き継がれ、 世田谷線の主力でした。 元は張り上げ屋根ではなく、前面の窓配置も違っていましたが、 車体更新により、デハ80形と似た車体になっています。
写真は環状7号線との交差、若林踏切です。
ここは、踏切ですが、いまでも電車側も交通信号に従っています。
2015年はこうなっています。歩道橋の場所が変った様で、 かなり望遠で引いています。
若林
デハ70形75
上の写真の続きです。
若林
デハ70形72
三軒茶屋行きが若林駅に進入してくる所です。
若林
デハ70形71
前面は若林踏切。東急バスが通過していく手前で、 電車が信号待ち。
全線専用軌道のため、ここだけが路面電車らしいところ。
若林
デハ80形83
松陰神社前~若林
デハ70形71
34年後も電車以外はあまり変っていません。
松陰神社前~若林
デハ70形72
この近くに吉田松陰を祭った松陰神社があります。
松陰神社前
デハ150形154
松陰神社前
デハ70形76
このコンクリート製の柵が昔の東京の私鉄に多かった様に思います。
この柵は34年後も色はくすんでいますが、そのままです。
世田谷
デハ80形83
世田谷
デハ150形151
ステンレス車体でもないのに、 ステンレス車体の製造技法を取り入れ、コルゲートがあります。 コルゲート車体の路面電車は多分、これだけではないでしょうか?
上町車庫は、、玉川線廃止により、 車庫がなくなったため新設されました。
上町
デハ80形81
上町
デハ80形85
上町駅は車庫を新設したため、上下のホームが踏み切りを挟んで 斜め向かいに設置されています。
上町
デハ150形154
34年後です
上町
デハ70形74
34年後も電車以外あまり変っていません。
山下~宮の坂
デハ70形73
山下~宮の坂
デハ150形154
小田急線をアンダークロスしています。
まだ小田急は複線で豪徳寺駅もずれていました。
今は、豪徳寺駅の下に山下電停があります。
山下
デハ80形84
小田急線を7000系LSEの特急が通過していきます。
山下
デハ70形75
豪徳寺駅に停車中の小田急線の電車が見えます。
山下
デハ70形
松原~山下
デハ70形
松原
デハ70形74
松原
デハ70形72
34年後はこんな感じです。
松原
デハ70形72
松原
デハ80形83
松原
デハ80形86
松原
デハ80形85
下高井戸~松原
デハ150形154
下高井戸
デハ70形75
今はこうなっています。
下高井戸
70形76
後ろに京王線の6000系が見えています。
下高井戸