名古屋市電

名古屋は京都に次いで、日本で2番目に電車が走った町です。
1898年名古屋電気鉄道として開業しました。京都電気鉄道の開業が1895年ですから、遅れること3年でした。ちなみに東京は1903年に馬車鉄道を電車化しています。
1922年に名古屋市が買収し名古屋市電となりました。
最盛期は27系統が名古屋市内を走っていましたが、1960年代のモータリゼーションの進展を受け、1963年から廃止が始まりました。
1970年代に入ると一気に廃止が進み、最終的には上記の路線、6系統を残すのみとなり、1974年3月31日をもって77年の歴史に幕を閉じました。
1973年と1974年の廃止直前に慌てて行っての撮影です。
路線図の青字にリンクしています。

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1400形1441
名古屋市電を代表する型式。
1936年から1941年にかけて75両製造されました。
1973年には、ここから名古屋の中心側はすでに廃止されており、金山橋が終点でした。
1973年11月4日撮影
金山橋


1400形1412
1400形の内、1971年に廃車となった9両が豊橋鉄道に譲渡され、モ3100形となり、2006年まで活躍しました。
現在はモ3102(元1466)がイベント用として残っています。
1973年11月4日撮影
金山橋

1400形1422
金山橋の次の沢上町交差点は、 名古屋市電に残る唯一の十字交差でした。
21系統は昭和町から熱田駅前を通り、金山橋までの系統でした。
1973年11月4日撮影
沢上町
1400形1449
31系統は港東通から新瑞橋を通り、市立大学病院前から 沢上町、金山橋行きでした。
1973年11月4日撮影
沢上町
1400形1449
上の写真の続きです。右折し金山橋に向かいます。
1973年11月4日撮影
沢上町
1400形1414
八熊通の東海道線をオーバークロスする陸橋から51系統が降りてきます。
51系統は市立大学病院前から沢上町を通り、船方行きでした。
1973年11月4日撮影
沢上町
1400形1449
31系統港東通行き。
1973年11月4日撮影
沢上町
1400形1409
51系統市大病院前行き。
上の写真の向かって左手方向になります。
1973年11月4日撮影
沢上町
1500形1517
1949年~1950年に45両製造されています。
1400形と同じような車体ですが、張り上げ屋根をやめたため、 かえって古めかしい印象になりました。
全線廃止まで活躍しました。
63系統は矢田町四丁目から新瑞橋(あらたまばし)行きでした。
廃止2日前の撮影です。
1974年3月29日撮影
矢田町四丁目
1500形1521
60系統が矢田町十丁目を曲がって行きます。
60系統は安田車庫から矢田町四丁目行きでした。
1974年3月29日撮影
矢田町十丁目
1500形1521
上の写真の続きです。矢田町十丁目電停の全景。
1974年3月29日撮影
矢田町十丁目
1500形1520
63系統新瑞橋行き。
この付近にナゴヤドームが出来ています。
1974年3月29日撮影
矢田町十五丁目
1500形1504
63系統新瑞橋行き
1974年3月29日撮影
矢田町十五丁目
1500形1501
1500形トップナンバー。
60番系統安田車庫行き。
1974年3月29日撮影
矢田町十五丁目
1500形1514
63系統新瑞橋行き。
1974年3月29日撮影
古出来町
1500形1501
60系統矢田町四丁目行き。
1974年3月29日撮影
古出来町
1500形1525
63系統新瑞橋行き。
1974年3月29日撮影
都通一丁目
1500形1504
63系統矢田町四丁目行き。
1974年3月29日撮影
都通一丁目
1500形1515
63系統矢田町四丁目行き。
内山町交差点の歩道橋から今池交差点方向です。
1974年3月29日撮影
今池
1500形1512
61系統が発車していきます。
61系統は今池~笠寺駅前~大江町~昭和町と、残存系統では、 一番長い系統でした。
1974年3月29日撮影
今池
1500形1522
63系統新瑞橋行き。
1974年3月29日撮影
今池
1500形1517
35系統と63系統が新瑞橋を始発としており、4両の電車が連なっています。
先頭は63系統の矢田町四丁目行きです。
1974年3月29日撮影
新瑞橋
1400形1430 1400形
左の31系統は港東通から金山橋行き。
右は行き先が高辻となっているので新瑞橋始発の35系統と思われます。
1974年3月29日撮影
新瑞橋
1400形1434
臨時の高辻行き。
1974年3月29日撮影
新瑞橋
1400形1426
31系統の金山橋行きです。
1974年3月29日撮影
新郊通三丁目
1400形1432
1400形の中の異端車で1500形と同様の車体に更新されています。
31系統港東通行き。
1974年3月29日撮影
新郊通三丁目
1500形1505
61系統今池行き。
1974年3月29日撮影
新郊通三丁目
1400形1417
臨時の金山橋行き。
1974年3月29日撮影
桜本町一丁目
1400形1422
臨時の金山橋行き。
1974年3月29日撮影
桜本町一丁目
1400形1437
31系統金山橋行き。
1974年3月29日撮影
桜本町一丁目
1500形1514
61系統昭和町行き。
1974年3月29日撮影
桜本町四丁目
1400形1412
61系統今池行き
1974年3月29日撮影
笠寺西門前
1400形1412
上の写真の後追いです。
1974年3月29日撮影
笠寺西門前
1400形1429
31系統金山橋行き。
名鉄本線をアンダークロスしていました、
7700系が通過していきます。
1974年3月29日撮影
笠寺西門前
1500形1512
61系統昭和町行き。
1974年3月29日撮影
笠寺西門前
1400形1436
31系統金山橋行き。
見えている電停は本城中学前。
名鉄本線を7000形パノラマカーが通過して行きます。
1974年3月29日撮影
笠寺西門前
1400形1436
上の写真の続きです。
1974年3月29日撮影
笠寺西門前
1500形1514
61系統昭和町行き。
1974年3月29日撮影
本城中学前
1500形1512
61系統今池行き。
名鉄本線をくぐると、笠寺西門前です。
1974年3月29日撮影
本城中学前
1500形1528
61系統今池行き。
1974年3月29日撮影
笠寺駅前
1400形1447
31系統港東通行き
東海道線をオーバークロスする橋の上です。
1974年3月29日撮影
笠寺駅前
1400形1447
31系統金山橋行き。
上の写真の電車が港東通から折り返して来たのを撮った様です。
1974年3月29日撮影
笠寺駅前
1400形1447
上の写真の続きです。
東海道線をオーバークロスし、本城中学前方向に降りて行きます。
1974年3月29日撮影
笠寺駅前
1500形1511
61系統今池行き。
1974年3月29日撮影
笠寺駅前
1150形1154
1944年に日本車輌で木造車の車体を更新。
1150形唯一の写真、と言うか1400形と1500形以外の唯一の写真です。
61系統今池行き。
1974年3月29日撮影
北頭
1400形1447
31系統の終点です。
1447は笠寺駅前で撮影していますが、ネガ番号は飛んでおり、
昭和町まで乗って、大江町を通って戻ってきたときに撮影したのが、
偶然同じ車番だったようです。
1974年3月29日撮影
港東通
1500形1517
61系統昭和町行き
1974年3月29日撮影
港東通
1500形1517
上の写真の後追いです。
1974年3月29日撮影
港東通
1500形1514
61系統今池行きです。
ここから昭和町まで、工場地帯を走ります。
1974年3月29日撮影
大江町
1500形1514
1974年3月29日撮影
大江町
1500形1505
61系統昭和町行き。
名鉄築港線の架線が見えます。
1974年3月29日撮影
大江町
1500形1505
61系統今池行き。
1974年3月29日撮影
大江町
名鉄築港線デキ300形306
大江町電停のすぐそばを走っていました。
1974年3月29日撮影
東名古屋港
1500形
昭和町終点の手前で大江川を渡ります。
この区間は名古屋市電で最も遅く開通した区間です。
1974年3月29日撮影
昭和町~開橋
1500形1507
61系統今池行きが昭和町を発車していきます。
1974年3月29日撮影
昭和町
1500形1507
昭和町終点です。
廃止の二日前とあって結構人が出ていました。
1974年3月29日撮影
昭和町