名鉄岐阜市内線忠節支線徹明町~忠節

徹明町から長良川を忠節橋で渡り、忠節まで2.8kmの路線でした。
忠節で揖斐・谷汲線と直通していました。
1988年の長良線廃止、2001年の谷汲線、揖斐線黒野~本揖斐の廃止後も揖斐線黒野までの直通運転は行われ、車両の近代化も行い、存続を図りましたが、乗客の減少は止められず、2004年に名鉄は600V区間の全廃を表明。2005年に廃止されました。
1980年12月の撮影です。

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モ570形571

1950年帝國車輛(現総合車両製製作所)製の自社発注車。 都電6000形のコピー。 571は当初美濃町線で運用されましたが、1977年に札幌からモ870形が転入し、岐阜市内線に転用。
570形は車体が大きく、長良線には入れず、忠節支線線用でした。2005年廃止時に廃車。
1980年12月撮影
忠節

モ570形575

1954年日本車輌製の自社発注車。
こちらは当初から忠節支線で運用されました。
2005年廃止時に廃車。
1980年12月撮影
忠節

モ560形562

1956年日本車輌製の元北陸鉄道金沢市内線モハ2200形2202。1967年の金沢市内線廃止時に譲受。
1988年の長良線廃止時に廃車となりましたが、562はその後福井鉄道に譲渡され、2006年に廃車となりました。
現在、金沢市内線時代に復元され、金沢市内で保存予定です。

1980年12月撮影
早田

モ560形566

1958年日本車輌製の元北陸鉄道金沢市内線モハ2200形2206。1988年長良線廃止時に廃車。長良川を渡る忠節橋の上で、車内から撮影。

1980年12月撮影
早田~西野町

モ560形

長良川を渡る忠節橋の全景です。
忠節橋を渡ると間もなく忠節終点です。
忠節から揖斐・谷汲線に直通していました。
忠節橋は岐阜市内線の撮影ポイントでした。
1980年12月撮影
早田~西野町

モ510形

揖斐・谷汲線直通車。
大正生まれの電車が忠節橋を渡って行きます。
1980年12月撮影
早田~西野町

モ570形575

1980年12月撮影
本郷町

モ570形575

上の写真の後追いです。向こうから560形が来ます。
1980年12月撮影
本郷町

モ570形571

1980年12月撮影
本郷町

モ520形526

揖斐・谷汲線からの直通車。
ここから徹明通に入ります。
1980年12月撮影
千手堂

モ560形566

1958年日本車輌製の元北陸鉄道金沢市内線モハ2200形2206。 560形のラストナンバー。

1980年12月撮影
金町