型式カタログ

1972年~廃止までの型式カタログです。
外観的には2種類でした。いずれも、「Yゲル」と言う特徴的な集電装置を使用していました。

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1形(24)

1927年に阪神国道電軌が国道線開業に際し準備した車輛。 藤永田造船、田中車輛(現近畿車輛)、大阪鉄工所(現日立造船)で10両づつ、合計30両製造されています。 乗客数の減少に伴い、徐々に廃車され、1974年の上甲子園~西灘廃止時に全車廃車。 27が1と改番の上、阪神パークで保存されましたが、解体され、現存しません。
1973年9月撮影
北大阪線 南浜

31形(81)

1形の増備として1929年から1930年に、田中車輛で10両、 汽車製造で5両、日本車輌で5両の計20両製造されました。 1形が力不足であった事からモーターが増設されています。 41~50は81~90に改番されています。 14両が全線廃止時まで活躍しました。 保存車輛はありません。
1973年9月撮影
北大阪線 天神橋筋六丁目

71形(74)

1937年に汽車製造で5両、川崎車輛で5両の計10両製造されました。 「金魚鉢」と呼ばれる独特のスタイルで人気がありました。 一時は武庫川線で使用された時期があります。 全線廃止まで活躍しました。 71、74、79の3両が公園等で保存されています。 1974年2月撮影
甲子園線 甲子園阪神パーク前

91形91

1947年に汽車製造で3両製造されました。 71形と比べると角張った車体になっています。 全線廃止まで活躍しました。 保存車はありません。
1973年5月撮影
国道線 野田

201形(202)

1942年から1948年にかけて汽車製造で15両製造されました。 戦時中の製造で、当初は電装出来ず、トレーラーとして入線し、71形が牽引していたそうです。 やはり、71形と比べると角張った車体になっています。 全線廃止まで活躍しました。 215が阪神パークで保存されましたが、解体され、現存しません。
1975年5月撮影
甲子園線 甲子園