名古屋鉄道

揖斐・谷汲線岐阜市内線美濃町線八百津線

愛知県と岐阜県に500kmに及ぶ(現在は約440km)の営業路線を持つ、大手私鉄「名鉄」にもローカルムード満点の路線がありました。主に岐阜の近郊路線です。
大正生まれの電車が岐阜駅前に乗り入れる姿は、岐阜の風物詩になっていました。
晩年は車輌の近代化が図られましたが、乗客の減少が続き、2005年に全て廃止されました。
また、愛知県にも、合理化のため、電車をやめ、レールバスを走らせていた路線がありました。
1980年代の撮影です。上の線名からお進みください。岐阜市内線は「路面電車のアルバム」に掲載されていますが、こちらからもリンクしています。

揖斐・谷汲線

青字にリンクしています。

揖斐線は岐阜市内の忠節から、本揖斐まで18.3kmを結んでいました。
谷汲線は揖斐線の黒野から谷汲まで11.2kmを結んでいました。
直通で運用され、忠節から岐阜駅前まで岐阜市内線に乗り入れていました。
揖斐線は1914年に岐北軽便鉄道として開業しています。
1921年に美濃電気軌道となり、1928年に本揖斐まで開通。1930年に名古屋鉄道に合併。1954年に岐阜市内線と直通運転開始。2001年に黒野~本揖斐廃止。2005年に全線が廃止されています。
谷汲線は、1926年に谷汲鉄道として開業しています。まもなく美濃電気軌道 忠節まで直通運転開始。1944年に名古屋鉄道に合併。2001年に揖斐線黒野~本揖斐廃止と同時に廃止されました。
揖斐線は最後まで大正生まれの電車を使い続けていました。
一方で車両の近代化も行われ、まだ大丈夫かと思ったのですが、結局廃止になりました。
1980年と1985年の訪問です。

岐阜市内線 モ558 揖斐線直通 モ513+モ524
岐阜駅前まで大正生まれの電車が乗り入れていました。
1980年12月6日撮影
モ513+モ524
モ510形は、1926年日本車両製の美濃電気軌道セミボ510。
モ520は1923年製の木造車DB505の外板に鉄板を貼った偽スチールカー。
1967年~1968年に市内線直通用に改造され、直通急行に使用されました。
1980年12月7日撮影
忠節橋



モ520+モ510
1980年12月7日撮影
忠節橋


モ523
1980年12月7日
忠節



モ524
1980年12月7日撮影
忠節


ク2323+モ702
ク2323は1926年日本車輌製の元愛知電鉄電7形デハ3080→名鉄モ3205。
瀬戸線を経て1973年に転属。
1997年廃車
1980年12月6日撮影
尻毛~又丸



モ759
1929年日本車輌製。瀬戸線を経て1978年に転属。
1998年廃車。
1985年11月3日撮影
政田


モ526+モ514
1985年11月3日撮影
下方~政田
モ526+モ514
1985年11月3日撮影
下方~政田
ク2323+モ702
1980年12月6日撮影
下方~政田
モ752
1928年日本車輌製
1998年廃車
1985年11月3日撮影



モ526
1985年11月3日
下方


モ755 モ511
ここで揖斐線と谷汲線が分岐していました。
1985年11月3日
黒野
モ702
1926年日本車輌製
名鉄犬山線各務原線系統から瀬戸線を経て転属。
1964年の各務原線昇圧時に余剰となったモ700形は
2両が福井鉄道モハ140形(初代)になり、
4両が北陸鉄道モハ3700形になっています。
1998年廃車
1985年11月3日撮影
黒野
ク2326+モ703
1985年11月3日撮影
黒野



モ756
1985年11月3日撮影
黒野


モ750形
1980年12月6日撮影
谷汲線 北野畑~更地
モ520形+モ510形
1980年12月6日撮影
谷汲線 北野畑~更地



モ515
1985年11月3日撮影
谷汲線 北野畑



ク2326+モ703
1985年11月3日撮影
谷汲線 長瀬~赤石
モ524+モ513
1985年11月3日撮影
谷汲線 長瀬~赤石
モ524+モ513
1985年11月3日
谷汲線 長瀬~赤石



モ524+モ513
1985年11月3日撮影
谷汲線 長瀬~赤石


モ751
1980年12月6日撮影
谷汲線 結城~長瀬
モ751
1980年12月6日撮影
谷汲線 結城~長瀬
モ759
1980年12月6日
谷汲線 結城~長瀬



モ703+ク2326
1985年11月
結城